十二国記「風の海 迷宮の岸」感想

 十二国記「風の海 迷宮の岸」 小野不由美

 人の子として育った麒麟が国に戻り王を選定するまでの苦悩と葛藤を描き、王となる驍宗をはじめ、周囲の人々との交友を通して泰麒が麒麟として成長する話。

 魔性の子の高里が十歳の頃に神隠しにあったときの戴国側の物語。魔性の子ではミステリアスで大人びた印象だった高里が、風の海~ではいとけない子供として描かれていてギャップがすごい。
 高里と話せば呪われると言われ、厄災の象徴だった彼は、風の海~では国に安定と繁栄をもたらす王を選ぶ麒麟であり、希望として描かれている。風の海~を読むことで魔性の子では読み取れなかった背景が理解できて、物語も深まり、なにより広瀬の絶望がより鮮やかになってよかった。高里は天帝に選ばれた麒麟であり、広瀬はやはりただの人でしかなかった。広瀬の言う帰る場所はどこにもない。(私は広瀬の妬みと浅慮にまみれた絶望がとても愛おしい。)

 泰麒。麒麟だから人として暮らせるはずもなく、家族から疎まれ、居場所がなかった。戴国に来て、自分は麒麟だったから蓬莱(日本)になじめなかったのだと理解するも、出生から十年も蓬莱に居たため麒麟としての能力を発揮できずに落ち込んでいた。責務を果たせないと嘆く泰麒に、しかし蓬山の女仙達は優しい。麒麟を育てることが女仙たちの唯一最大の仕事だからだ。
 女仙たちは仙人だから外見は変わらない。美しいお姉さん達が十歳のいとけない美少年をよしよしして甘やかす図はとてもオネショタだった。
 家族に愛されず、自尊感情が低く、自信がない。ただ、卑屈にならずに素直なままで居れたのは麒麟の性質なのかな。優しく憐れみ深く、血腥さを嫌う。麒麟は所詮ケモノで、王を選ぶための装置だからそんな性格に創造されたのかな。少し可哀想。

 景麒。前シリーズでも陽子に対する説明不足と短慮が目立っていたが、今シリーズでも圧倒的な言葉足らずと短慮で十歳のなにも知らない麒麟である泰麒を泣かせていて最低な無神経男でとても好きだった。
 景麒も生まれてから蓬山で女仙達に甘やかされて傅かれて生きてきたからまぁ、仕方ないのかもしれない。

 驍宗。男の中の男。王に選ばれなかったら国を離れる決意をしていた男。王に選ばれなかった事実に対して、幼い麒麟に「私は恥をかくことに慣れていない」と素直に吐露できるのはすごい。まだ子供だから開けっぴろげにできたのかもしれないけども。

 驍宗に対する泰麒のまなざしが初めての恋に戸惑う深窓の令嬢みがあってとてもよかった。景麒の説明不足で王気がどのようなものかわからず、ただ驍宗と離れたくない一心で麒麟に転変し、彼を追いかけるシーンは胸が高鳴った。転変を解いた裸の泰麒に袍をかけてやる驍宗。袍をまとっただけの格好で驍宗の足に額づく泰麒。漫画や映画を見ているわけでもないのに映像がクリアに見えて、小野不由美の読ませて想像させる力はすごい。
 驍宗は確かに王なんだけど、泰麒は【天啓】や【王気】がなにかわからなかったため、自分が驍宗を王に選んだのは驍宗と離れたくないという自分のわがままだと思い悩んでしまう。天帝に知られてしまえば自分だけでなく、驍宗まで罰を与えられるのではと心配する。思い悩み、自室でひとり膝を抱えるシーンはとても可愛い。延王に額づこうとして頭が下がらずに押さえつけられるシーンは新雪を汚す心地で原初の欲が満たされていく感じがする。

 なにもかも景麒の説明不足が悪い。でも、麒麟は天の意思が通り過ぎていくだけの獣にすぎないので、景麒が説明できないのも仕方ないね。でも景麒が悪い。言葉足らずな景麒が好きです。

 赤い実はじけた! みたいな話でした。